トーカチ

斗掻(トカキ)ウチナーグチで(トーカチ)は、もともと枡に盛った穀類を平らにならす棒で、丸竹の片端を斜めにそいだもの。 尖った先は、俵に突き刺して米を取り出し、品質を調べるのに用いた。 直径1.5cmくらいのものは1寸(1.8ml)。5寸(9ml)。1勺(18ml)。の枡としても用いた。

8月8日、88歳の米寿祝いに来客にトーカチを記念品として贈られたことから、その名がついたと言われる。また、「米(ユニ)ぬ祝い」とも呼ぶが、それは、八十八を米の字にむすびつけたもの。

この伝説には、浜の白砂をふむことにより、けがれを清めるという民間信仰がふくまれている。海辺の白砂は、清浄なものであり、けがれを落とすものだという信仰は、祭りの広場によく白砂をしいたりすることでも知ることができる。 浜下りの慣行は、この日のみならず、家庭内になんらかの不吉な知らせがあれば浜下りをすることによって、息災を保つという習俗である。

平たい籠に米を盛った中から、用意された8寸位の竹の斗掻(トーカチ)が一本ずつ手渡された。寿命の短かった昔は、トーカチスージするのはごくまれだったので村をあげて祝ったことが、そのまま今日まで存続している。

祝いの前晩(前夜祭)の深夜に当人の模擬葬儀式を行う風習がある。まず、米俵を天井につるし、トーカチで米を取り一升ビンに入れ、トーカチを立てて、本人に白装束を着せ、祈願し、本人を西枕に「ワーウスメーヨー」(男の場合)、「ワーパーパーヨーイ」(女の場合)と泣き女が三度叫んで終わり、祝宴となる。  これは、「あの世へ行かれるいい歳になりましたからお引き取り下さい」という、姥捨て的な風習と、「本人があまり長生きすると子孫のものが魂をとられて早死にし繁栄しない」という、年寄り冷遇視の考えがあった。 現在はお年寄りは宝で、この儀式は行われていないようである。

トーカチ昔は、ディーヒチと言うのがあって、自治会のディーヒチが終わらないとお祝いの勺はとれなかった。 ディーヒチは、自治会でハーチ二皿にご馳走を盛り、酒二本を持ち、サンシン弾き、太鼓打ち、踊り手、老人クラブ代表、婦人クラブ代表と数名連ねて該当者の家に行き、長命を寿ぎ、平安座の繁栄を祝い、サンシン、太鼓に合わせて嘉例の三曲を歌う。 嘉例の踊り、カチャーシーがすむと、持ってきた皿に該当者の家のご馳走を詰め替えてディーヒチシンカは引き上げる。その後に、一般の方々のお祝いに入る。  ディーヒチシンカは、ご馳走を神屋に奉納しトーカチ該当者ひとりひとりの報告をすると同時に村人の健康と繁栄を祈願し、自治会にもどる。自治会では、ディーヒチシンカが該当者宅から持ち帰ったご馳走を広げ、ザーノォーシをする。 自治会でもサンシン、太鼓、舞手をくりだし、祝宴が始まりトーカチスージを祝う。

平安座でのトーカチスージ歌は次のとおり。

面て波立てて 白髪うちかみて 耳ん目んかなて 百歳お願げ
(顔にしわがはいり 白髪頭でも 耳、目はまだ元気 百歳までの長寿を祈ります)

(文:下條義明)