ハーリー

旧暦5月4日は、ユッカヌヒーと言って、かつてこの日は、年に一度の玩具市がたつ日であった。那覇や首里あたりの玩具市はとくに賑やかで、玩具が買ってもらえるユッカヌヒーは、子ども達にとって最良の日であった。

この日、那覇や糸満をはじめとして漁業の盛んな沖縄各地では、爬竜舟競漕が行われ、、ハーリー(糸満では、ハーレー)とよばれる。

ハーリーの起源については、中国の故事から出たものと伝えられるが、必ずしも中国からの伝来ではなく、五穀豊穣を祈る農耕儀礼に結びつく要素も多分にある事がわかっている。  平安座のハーリーは、古いしきたりで、その日、暁も来ない深夜のしじまを破るようにハーリー鐘がなる。ハーリーの到来を告げる音である。

東西に分かれる漁民は、必勝の祈願のために野呂殿内を寝ないで番をし、一刻も早くノロを案内して祈願をおこなった。(我先にとノロを案内した。)

その後、「浜小」と称しているトーバルグァーメーに東漁民団体が、「シヌグモー」には西漁民団体が出揃う。ハーリー舟にも必勝祈願をして海に舟をおろすのだが、前日までの作業については、極秘にされた。

特に選手選びは、最高機密にされ、負けた時には、スパイされたとか、舟に、なんらかの仕掛けがされたとかの口論になり、ティーンジャヘー(喧嘩)になること必定のこと。

東西各組の船主の家では、この行事は、一年ばかりか一生の名誉をかけるほどの熱の入れようで、家を出るときトートーメー(祖霊)に必勝祈願をし、イゥーアチョウドゥー(魚行商婦)のアンマー達を中心に一族郎党が打ち揃い、太鼓、ドラを打ち鳴らし、区民の歓呼の声に送られる。

そして審判役の合図により御願バーリーが開始される。この漁民のハーリーは、必ず最後にも行われ、アガイバーリーと称され、完了の意味をもつ。 御願バーリーとアガイバーリーの間に、各種団体の競漕が実施される。

ハーリーハーリー終了後は、桃原小前、シヌグモーで参加者持参の酒肴で楽しく歓談し、適当に船主家に引き上げ、そこでも同様にすごすのである。 海勢頭、桃原小家の役目も大きかった。応援の婦人たちを「ハーリーパーパー」と呼ぶ。 アガイバーリーが沖合いから陸地めがけて競漕するのは、ユガフー(豊饒)をもって島に戻ってくる内容を意味する。岸辺の人が狂喜乱舞しながら海に入り胸までつかる。そして声援で迎える人たち。この行事を考える上で重要なことである。

漁民の高齢化、勢力の衰え等で、この行事も今では方法も簡素化され、4日以降の日曜日に行われるようになった。 昭和58~60年に自治会でハーリー舟も3隻購入され、漁民が仕切っていたこの行事も、今では、自治会中心の行事となっている。

現在、使用しているハーリー舟は、平成16年度 越来造船所の越来治喜・勇喜親子によって造られた新造船である。

(文:下條義明)